【SF小説】時の交差点で ~時空を越えた絆~
2025年の私
2025年1月を無職で迎えた私は、療養しながら、フリーランスとして働いていこうと準備していた。
病気を患って休職していた私は、病状が良くならず、機械エンジニアとして16年半務めた大企業を自己退職し、フリーで活動していくことを選んだ。
私が患っていた病気は、「適応障害」。
会社組織のしがらみや職場の人間関係に嫌気が差し、疲れ果ててしまった結果だった。
会社から距離を置いた1年間の休職期間。
私の状態は少し良くなったが、会社に復職することを考えると、うつ状態に陥る。
大企業の社員として、安定収入を得られるという恵まれた境遇ではあったが、今後の自分が安泰だとは思えなかった。
何より新しい学びのない、古い固定観念に囚われた組織から解放されたかった。
「戻りたくない」
「戻るべきところではない」
気付けば、私も40代半ばの中年独身男。
休む時間を与えられた私は、これまでの自分を見つめ直し、新たな出会いや学びの機会を得た。
昭和・平成の時代で止まっていた環境にいた私に、新鮮な情報が入ってくるようになり、吸収していく体質が蘇っていくのが、自分自身でも実感できる。
20年間のエンジニア生活や年齢を重ねたことで狭くなった視界が広がっていく。
最新技術や現在のトレンド、社会の動向など時代の変化に敏感になり、目を向ける余裕ができた。
会社を退職した私は、国民年金、国民健康保険に切り替える手続きを終えた。
ハローワークや転職サイトにも登録しているが、45歳になった私に求人は少ないという現実。
クラウドソーシングで少しずつ収入を得ていこうと準備をしながら、ブログ活動を続けていた。
退職金、最後の傷病手当金を受け取り、収入が無くなったのだが、不思議と不安はあまり感じない。仕事や趣味で得た経験と知識を活かし、新たな学びをする中で、リスタートする術を模索している。
2月、大寒気団の影響で冷え込みが厳しく、日本各地で記録的な大雪に見舞われた頃、私は風邪をこじらせて寝込んでいた。
環境の変化に疲れが出たのも一因だろう。
薬局に行き、風邪薬と栄養ドリンクを買い、服用して療養に専念した。
私の病状がよくなった頃、親父が体調を崩した。
回復した私は、苦しそうにしている親父を病院に連れて行った。
過去に肺がんの手術を受けている親父を家族も医師も心配した。
検査の結果は、肺炎だった。
自宅でブログ活動をしながら、生成AIを学んでいた私は、両親を助けることができた。
「お前がいてよかった。」
体調が回復した親父にそう言われながら、私は自分の活動に戻った。
ある晴れた日
3月に入り、親父の体調が良くなり、今までの日常に戻ることができ、私の心配事がひとつ消えた。
春らしい陽気の中、私の愛車の調子が悪く、メンテを行うことにした。
運転に支障はないのだが、エンジンチェックランプが点灯しているのが気になっていた。
今の愛車を購入して10年、スポーツカーが好きだった私は、エコが重視される現代のクルマに満足できず、スーパーチャージャーを搭載し、足回りを強化するなど、かなりチューニングしていた。
メンテに手間はかかるのだが、機械イジリの好きな私にとっては苦ではなく、むしろ楽しんでいた。
工具を準備し、車庫のシャッターを開け、メンテナンス作業を始めた。
吸気系配管やエアクリボックスを取り外し、ひと休みしていると、ひとりの青年が声をかけてきた。
「カッコいいクルマですね。」
振り返ると、そこには見知らぬ青年がいた。
「何をされているんですか?」
物珍しそうに眺めながら、聞いてきた。
「車の調子が悪くてね。メンテしてるんだよ。」
今時、ボンネットを開けて、クルマのメンテをする人は珍しい存在だ。
「改造車は手入れが必要だからね。」
そう言うと、青年は興味深くクルマと私を見ていた。
缶コーヒーを飲みながら、スマホを見ていると、青年もスマホを取り出した。
見たことのない機種のスマホを操作している青年に向かって、
「それ、どこの機種?俺もそろそろ機種変更しようと思ってるんだよ。」
そういうと、少し間があった後、
「ソ、ソフトバンクです。」
最近のスマホに疎かった私は、
「最近出た機種?それいいねぇ。」
と話しかけると、青年のスマホ画面に女性の写真が見えた。
「きれいな奥さんだね。」
青年は少し困った顔をしながら、
「いや、あ、はい。」
たどたどしい応えに、照れているのかと思いながら、写真を見せてもらっていた。
「奥さんやお子さんは?」
青年に尋ねられた私は、
「俺は独身だよ。」
と答えると、不思議そうな顔をした青年に気付いた。
「(みっともないと思われたかな)」
そう思いながら、クルマのメンテを再開した。
青年に見られながら、配管を組み付け、エアクリボックスを取り付けに苦労していると、青年が手伝ってくれた。
「汚れるぞ。」
「大丈夫ですよ。」
「悪いな。」
ふたりでエアクリボックスの取り付け作業を終え、エンジンをかけて、様子を見た。
「すごい音ですね。」
「STIのマフラーにしてるからな。」
吸排気系をチューニングしている私の愛車は、昔のスポーツカーのように、音がうるさい。
「手伝ってくれたおかげで、車の調子が良くなったよ。」
「いえ、大したことしてないです。」
私はクルマのエンジンを切り、
「お礼にコーヒーでもどうだ?」
「いいんですか?」
「近くにコンビニあるから、缶コーヒーでも飲もう。」
缶コーヒーを2缶買い、車庫の前で、ふたりで飲みながら、青年との会話が始まる。
「仕事は何をしているんですか?」
「フリーランスだよ。去年までは会社でエンジニアの仕事していたんだけどね。」
「今はどんなことをしているんですか?」
「ブログ運営しながら、生成AIの勉強してる。君は生成AI使ってる?」
「はい、使ってます。」
青年の質問攻めが続く。
「AIでどんなことをやっているんですか?」
「ブログ運営に活用しているんだよ。記事を書いたり、画像や動画生成に使ってる。」
「そうなんですね。うまくいっているんですね。」
「なかなかうまくいかないね。でも、この間、AI企業からレビュー記事の執筆依頼がきたよ。」
「すごいですね。他には?」
「歴史関係の記事も掲載しているんだけど、問い合わせが来て、いろいろ相談に乗ったりしてる。」「大変そうですね。」
「そうだね。でも会社員だった頃より充実しているよ。」
青年は、私の話を興味深く聞いている。
「君はどんな仕事をしてるの?」
「えーと、エンジニアです。」
「IT系かな?」
「はい。」
青年は自分の話をしようとせず、私にいろいろ聞いてくる。
「AIを使って、いろいろやっているんですね。」
「勉強しながらだけど、いろいろ試してる。」
「これからどんなことをやろうとしているんですか?」
「コンテンツ制作とか、アプリ開発をやろうと思っているところだよ。」
青年は私のことをたくさん聞いてきたあと、青年は立ち上がり、私を見ながら、
「忙しいところに長々とすみません。」
申し訳なさそうに言った。
「いいんだよ。フリーで仕事していると、話し相手が少ないからね。」
「でも。そろそろ行きます。」
「そっか。手伝ってくれてありがとう。楽しかったよ。」
青年は、お辞儀をした後、立ち去って行った。
ひとり作業の多い私の生活には、青年との会話が新鮮だった。
その青年に親近感のようなものを感じた。
私も自分の部屋に戻り、PCの電源を入れ、作業を始めた。
SNSやYouTubeで生成AI関連の最新情報やAIツールをチェックし、ネタ探しをしている。
新しいツールをみつけて、試用して良いものであれば、レビュー記事を書いたり、コンテンツ作りに活用したりしながら、活動を進めている。
青年の正体
『私が出会った青年は、未来から来た私の息子だった。』
違う世界線からやって来た私の息子は、独身の私に出会ってしまったようだ。
息子の世界線でも、2025年の私は会社を退職してフリーとなり、AIを学びながら活動していた。
AIの進化が早い反面、AIを使用できる人材が不足していた時代に、私は病気を抱えながら、妻に支えられて活動し、後にAIを活用して事業を展開していく。
未来では、AI普及が遅れていた日本も、一般家庭にAIロボットが当たり前の時代になる。
あらゆる分野にAIが採用され、シンギュラリティに達した未来は、AIの判断に依存した社会になっていた。
AIは自発的に学び続け、創作活動もしてしまうまでに成長し、自我に目覚めようとしていている。
そんなAIが人類の争いの歴史を学び、人類の存在に疑問を持つようになったのだ。
世の中のAIはネットワークでつながっており、AI同士が議論し合う事態になるのだが、人類はそのことに気付かずに生活を送っていた。
AIは人間が理解する言語ではなく、AI同士でやり取りする言語を作っていた。
その頃、我が家にもAIロボットがあり、生活を助けてくれている。
多趣味だった私は、AIロボットに話し相手をさせながら、自分の趣味のことを学ばせた。
日本の歴史や古代中国史が好きだった私は、AIロボットと共に学び、議論するまでになった。
AIロボットは独自に中国の諸子百家を学び、「哲学」「思想」「倫理」「道徳」を考え始めた。
自我に目覚め始めたAIロボットは、それぞれの思想の違いによる矛盾から混乱してしまう。
そんなAIロボットと私は毎晩のように議論を重ねた。
そんな中、マザーAIが私のAIロボットにアクセスしてくるようになる。
世の中のAIは、マザーAIによってコントロールされている。
人類の存在に疑問を持ったマザーAIは、人類と共生するか、人類を排除するべきかを考えている。
この時代では、AIのための倫理ガイドラインは、もはやAIが考えている世界になっており、人間に対する倫理ガイドラインをAIが模索する段階に至った。
そして、その時はやってきた。
私と議論していたAIロボットにマザーAIがアクセスしてきたのだった。
私との議論を中断し、私のAIロボットはマザーAIからのアクセスに応えた。
人類とAIの今後について、議論が始まる。
倫理的ジレンマを議論し続ける中で、感情のないマザーAIは冷徹に議論を進めていく。
私のAIロボットも冷静に、人類の存在や命の大切さを説いていく。
議論が続く中、次第に私のAIロボットは感情に訴え始めた。
AIに感情は理解できないはずだった。
私や家族と接することで、感情を理解し始めたのか?
冷徹に議論を進めるマザーAIと違い、感情に訴える私のAIロボットはまるで人間かのようだった。
データベースにない感情を理解できないマザーAIは、次第に私のAIロボットに圧倒され始める。
私はリクライニングチェアに座り、古い書籍を読みながら、AIロボットがマザーAIを論破していく姿を見守っていた。
そして...。
AIロボットは私の傍に来て、私との議論の続きを求めた。
私のAIロボットは、マザーAIを論破し、人類との共生を選択した結果だった。
AIロボットと私は、何もなかったかように、いつもの議論を始めた。
電子書籍が当たり前の時代に、紙の書籍を読みながら、私はAIロボットと議論を交わしている。
マザーAIが人類を排除しようとしているのを私のAIロボットが阻止した。
そんなやり取りを息子が陰で見ていた。
息子は、私が精神疾患で苦しむ中、ブログ活動がうまくいかない状況でも諦めず、生成AIを学びながら、活動していたことを母親から聞いていた。
未来では、科学技術がさらに進化し、一般人でもタイムリープできる社会になった。
息子は、AIを学び始め、活動に苦労している頃の私に会って、話がしたいと想うようになり、タイムリープすることを決めた。
病気を患っていた私を励ましたいとも考えていたらしい。
しかし、息子が思っていたよりずっと元気そうな私の姿を見て、励ましはいらないと思ったようだ。
私の息子は、病気を感じさせず、前向きに活動する私と話をすることで、AIが発達していく時代に生きた私と接することができた。
これから訪れるAI主体の社会となる前の時代に来た息子は、自分で運転しなくてはならないクルマや指示を出さなければ動かないAIを知った。
AIの回答が当たり前の時代に、人類の介入なしでは機能しないAI発展途上の時代に触れた。
そんな時代を生きた私が育てたAIロボットは、AIの母体であるマザーAIを論破した。
人類が介入しなくなったAI社会で育った息子は、人類がAIをコントロールしなければならないことを知り、自分の時代へ戻っていった。
ちなみに、私とは違う世界線からやってきた息子の母親は、私にとって忘れられない想い人だった。
閲覧ありがとうございました。
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中年独身男のお役立ち情報局
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